心に残る激励~蓮池~ | 東進ハイスクール新宿校 大学受験本科|東京都

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2019年 2月 14日 心に残る激励~蓮池~

蓮池 2月 ブログ草案 テーマ:「されて嬉しかった激励」

 

「自信家」になるということ

 

東京大学文科三類の蓮池創太郎です。

 

思えば受験生時代、あまり激励された記憶がありません。両親や友達は皆、変なプレッシャーをかけるまいと、あえて特に何も言ってきませんでした。反対に僕の話はいくらでも聞いてくれました。模試で成績が良かった話から、伸び悩んだ時の愚痴、日常のちょっとした馬鹿話まで、面倒くさがらずに聞いてくれました。僕はそのような周囲の気配りに当時胸を打たれたし、今も感謝しています。

 

そうであったものの、受験当日の母の何気ない激励が今でも心に残っています。

 

「自信を持って。」

 

もともと音楽の道に進もうと考えていた僕は、無謀にも高3で畑違いの東大を目指しました。そして失敗しました。人より一年、長く準備期間をもらいました。その期間、失敗をもとに考えた末正しいと信じた戦略と、良い環境のおかげで、着実に学力を積み上げていきました。

 

一方で、浪人するということは安易ではありませんでした。浪人という劣等感。周囲の応援を一度は裏切ったことに対する自責の念。自分の甘さと思いあがりに対する自嘲の念。こういった思いを抱えながら、一年という長い時間を、かつて一度は取り組んだ受験勉強に、もう一度費やしました。再び失敗する悪夢を何度も見ました。「高校」「大学」「社会人」「その他」で「その他」にチェックを入れる、あの疎外感を幾度も味わいました。

 

しかし、色々なことを考えさせられました。生きていれば上手くいかないこともある。しかしまた、幸せな瞬間の連続は、それだけでは幸福ではないのかもしれない。徳川家康が「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」と言ったが、誰しも、背負うものがあるのだろう。数学の問題に悩み疲れそのようなことをぼんやり考えながら、上京したての頃に眺めた、夕暮れどきの新宿のビル群は、今でも印象深く覚えています。浪人を通して得たのは、足りなかった学力だけではありません。一年間立ち止まったからこそ気付けた、大切なことがありました。

 

その二つに対して向けられる「自信」…。

 

僕はピアノを弾きますが、どんなに練習を積んでも、ステージで練習通りの演奏をすることは難しい。スポーツも然り。試合で「いつも通り」のパフォーマンスをすることはとても難しい。受験もまた同じです。本番でベストのパフォーマンスをする人、ミスをしない人は滅多にいません。

 

ですが、先の二つと違って受験では完璧など求められてはいません。満点など求められません。自分のポテンシャルの80パーセント。これくらい出せれば十分ではないでしょうか。多少間違えても大丈夫、そういった心の余裕が想定外のパニックや誤った判断を防ぐ、と個人的には思います。

 

だから「自信」は大切です。不安は誰しもあります。完璧な準備もまた不可能であるから。しかし、「自信」があるからこそ、多少の失敗にも動じず、平常心で挑めます。

 

謙虚であることと自信家であることは排反しません。両方大事です。

 

神頼みより自分頼み。必要以上に繰り返して身につけた基礎力とその応用力が、ある。その知力に、頼る。日々挫折を噛みしめながら培った精神力が、ある。そのメンタルに、頼る。

 

これで今回のブログは終わりです。最後までありがとうございました。