東進ハイスクール新宿校の《先輩》が語る! | 東進ハイスクール新宿校 大学受験本科|東京都

東進ハイスクール新宿校の《先輩》が語る!

本科コースの魅力とは?

学習面と精神面、共に大きく成長できる1年

新宿校の先輩たちが「再挑戦の一年」を語るスペシャル座談会

東進だけが雰囲気が違っていた

――まずは、再受験を決めたときの状況について教えてください。

三瓶 高3の時は4大学6学部を受験して、2つ合格しました。1つは地方にキャンパスがあり思っていた以上にお金がかかること、もう1つは指定校推薦でも入学できた大学で、いざ一般受験で行くとなると違和感がありました。結局、もう一度受験することを決めました。

水口 私は私大を3大学5学部受験して、1つ合格しました。でも、第一志望校への思いを諦めきれず、再受験を選びました。納得できない大学に行くよりも再受験を選ぶ人が周りにもいたので抵抗はなかったです。

天羽 私大を3大学5学部受験し、すべて不合格でした。僕は徳島出身なのですが、ちょうど母親が東京に転勤になったので一緒に上京することにしました。変な言い方ですが、運が良かった(笑)。やはり、東京と地方では情報量が全然違うと思います。

野原 僕は東大と東工大を前期・後期で受験して、両方とも不合格でした。予備校に行かずに自宅で受験勉強するつもりでしたが、新宿校の説明会に参加して気持ちが変わった。「いい意味で厳しい」のがとても良かったです。

水口 わかります。私は東進を含めて4つの説明会に参加したんですが、東進だけ雰囲気が違っていると感じました。

三瓶 そうそう、ここは「浪人することへの覚悟」を問う内容でびっくりしました。だからといって、息苦しい感じはなく勉強しやすい環境で、「ここなら成長できる」と直感しました。

天羽 僕は東進衛星予備校に通っていて、「浪人するなら東進」と決めていました。物理の苑田先生の授業を受けていたのですが、現役のときは自分のモノにしきれませんでした。時間をかけて改めて理解してから、志望校に再チャレンジしたかったんです。

IT授業とライブ授業、それぞれの良さを生かす

――新宿校には「朝8時半までに登校し、夜の7時までは帰宅できない」というルールがありますが、新しい学習環境にはすぐに慣れましたか。

三瓶 高校時代の生活サイクルとあまり変わらなかったので比較的すぐに慣れました。4月から夜の8時頃までは校舎で勉強していました。

水口 「7時までは帰らない」というのはしんどかった。でも現役のときは勉強する日としない日で差があり、今回は改善しようと耐えて勉強しつづけていたら、1カ月かけてだんだん慣れました。

野原 新宿校ではライブ授業を受けられるのが新鮮でした。

三瓶 早慶英語の授業が好きでした。予習もしましたが、その場で問題を解くことで実戦力が身につきました。

天羽 基礎固めの時期は方向を見失いそうになるので、入試を想定した問題をやってくれるのはありがたい。自分ができていない所を認識でき、軌道修正できました。

三瓶 現役のときは古文が苦手だったのですが、富井先生の古文常識の解説を織り交ぜた授業が面白くて、気がついたら苦手じゃなくなっていました。

水口 ライブ授業は先生に直接質問できるのもメリットですよね。

野原 数学の松田先生は基礎固めのための演習が豊富。授業のはじめに「エクストラ・アクト」といって単元別の小問を集めた問題をやってくれたのが得点アップにつながりました。クラスの仲間と競い合って解いて、その場で先生が採点してくれるんです。

水口 私は高校時代、他塾に通っていたのでIT授業が逆に新鮮でした。わからないところをくり返し見られるのがとても良かったです。

野原 自分のペースで進められる《IT授業》と緊張感のある《ライブ授業》。両方受けられるのは理想的ですよね。

水口 私はライブ授業を主軸にして、その前後にどういう講座を受講するか、どういう勉強をするかという発想で学習計画を立て、実践していました。

天羽 IT授業とライブを上手く組み合わせることで、自分の志望校や学力の度合いに合った学習ができました。

得点よりも「課題」を洗い出すことが大切

――最も辛かったのはいつですか。また、それをどうやって乗り越えましたか?

天羽 入学してすぐの4月から6月頃にかけてです。基礎から始めて、なかなか点数に反映されず、不安でした。

野原 僕は10月頃ですね。模試で英語の点数がめちゃくちゃ低かったんです。原因が思い当たらず、戸惑いました。

三瓶 12月半ばの「センター試験本番レベル模試」の国語が高3時を含めて一番悪かった。「やばい」と思って、新宿校で指導されている分析を自分なりにやってみたんです。

天羽 確かに「得点分析」は大事ですよね。詳細なやり方はロングホームルームで教えてもらえます。

三瓶 それで私大の過去問をむやみに解くのを止めました。代わりに林先生が「良問」と仰っていたセンター試験の過去問を解いて、解説を読んだら「自分はどこがわかっていなかったか」がわかったんです。そこから修正し、本番入試までに間に合いました。

天羽 僕も模試の「分析シート」を活用しました。「伸びている分野」「弱点」を洗い出し、目標を設定して勉強を進めたら手応えが得られるようになりました。

水口 私が一番辛かったのは一橋大入試の直前です。もうすぐ入試本番だというのに勉強の手応えが得られず、マイナス思考になってしまったんです。そのとき身にしみたのが家族の愛情。不安な気持ちを両親に聞いてもらうことで、心が安定し、再び勉強に集中できるようになりました。

野原 僕は担任の先生に相談しました。その際に薦められた西先生の「ダイナミック英文法講義」を受講したら、点数が取れるようになりました。

三瓶 私大だと3教科をずっと受験勉強しつづけなければならないのもしんどかった。受験科目が少ないと単調になりがちなので、私大志望者は気をつけておきたい点です。

水口 高3時よりも浪人生の直前期のプレッシャーは後がないだけに辛いです。一つの対応策として、受験する大学を幅広く設定することも大事。やはり行ける大学があると第一志望校の入試本番でも精神的に余裕がでてきます。

野原 直前期といえば「過去問演習講座」がとても役に立ちました。2年間受験勉強していると演習材料が少なくなりがちですが、演習材料不足にならずにすんだ。毎日演習できたので問題の解くスピードが速くなり、いい流れのなかで入試本番に臨めました。

天羽 僕も「過去問演習講座」はおススメです。解説授業が丁寧で復習もできるので助かりました。

新宿校で学んだ内容は「今」につながっている

――皆さんにとって浪人時代とは?

野原 大学での学びの準備期間、基礎力を培った時代でした。特に苑田先生の講座をしっかり受講することで大学入学後も授業をスムーズに理解し、どんどんレベルアップできました。

三瓶 高3時は漠然と受験勉強をやっていましたが、新宿校では「この分野のこのタイプの問題ができていないからこうしよう」と具体的に勉強していました。「考える力」が身についたと思います。

天羽 「勉強だけに集中できる時代」だと思います。浪人して初めて本気を出した。それは自分も知らなかった「新しい自分」でした。

水口 私は家族との交流が増えました。もともと仲が悪かったわけじゃないんですが(笑)、志望校合格までは高校時代の友達とは連絡しないようにしていたので必然的に家族と会話する機会が増えるんです。愛情がひしひしと伝わってきたし、家族の気持ちに応えたいと頑張れた。精神的に成長できた時代でした。

天羽 浪人が決まったときは正直落ち込みましたが、今は「良かった」と思っています。野原さんと同じで新宿校で基礎から丁寧に勉強したことが「今」につながっています。あくまでも僕の場合ですが、現役時の勉強だけだったら、大学の学びにつながるのは難しかった。

野原 高校のときは応用問題ばかりやっていたのですが、実際に受かった友達は「基礎」をみっちりやっていた。それで数学は基礎から演習して、理科は「ハイレベル化学」「ハイレベル物理」を徹底的に理解するようにしました。

三瓶 基礎をおろそかにしないのもそうですが、僕が気をつけていたのは「素直になる」ことです。高校のときは受験勉強についてアドバイスされても後回しにしたり、やらなかったりした。でも相手は「受かるため」に言ってくれているのだから、まずやってみる、それが大事だと思います。1回やってみて合わなかったら、そのときは他のやり方を探せばいい。

野原 最初は無理だろうと思っていたことも継続したら習慣化して、それが「当たり前」になる。「当たり前の基準」がどんどん上がっていって、気がついたら将来の夢が叶っている、そんな風に思います。